西部邁はなぜ自殺したの?衝撃の理由と経歴や生い立ちもチェック

評論家の西部邁さんが死去したというニュースが入ってきました!つい最近、「朝まで生テレビ!」に出演している西部邁さんを見ていただけにニュースを見た瞬間、ホントに驚きましたよ!

しかも、西部邁さんが亡くなった原因を調べていると、なんでも川に飛び込んで自殺したというではありませんか!通行人が急いで110番通報したみたいですが、すでに手遅れだったようです。

なぜ西部邁さんは自殺したのでしょうか?一体何が西部邁さんをここまで追い詰めたのか??

そこで今回は、西部邁さんの生い立ちや経歴も踏まえながら、自殺の真相について調査していきますよ〜!!

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西部邁はなぜ自殺したの?

西部邁

西部邁さんといえば、昔はよく「朝生」で見ていた評論家だけに、どこか懐かしいと感じる方も多いのでないでしょうか?とはいっても、つい最近までテレビ出演していましたので、今回のニュースを聞いた時はホントにビックリしましたよ!

西部邁さんが支持されていた理由は、保守派・右派の中でもきちんと人の話を聞いて議論することのできる人だったと言われ、

その筋の通った意見には視聴者も素晴らしいと絶賛していましたね。今日の保守思想家は、少なからず西部さんの影響下にあったとも言われ、それほど偉大な人物でした。なぜ西部邁さんは自殺を図ったのでしょうか??

しかも、多摩川で。

一般的に人間が自殺しようとする場合、あまりひと目がないところで用を済ませようとしますよね?例えば、自宅の部屋とか、どこか隔離された部屋の一室だとか・・・

なぜ多摩川だったのでしょうか??

まずは入水自殺の理由についてですが、こちらはシンプルに考えると・・・何も揃える必要がなく、身体一つで自殺できたからではないでしょうか??また、最期は自然に揺られながらこの世を去りたいという思惑もあったのかもしれません。

次に、何が西部邁さんを自殺まで追い込んだのか?ということですが、

パッと思い当たる出来事といえば、2014年3月に奥さんがなくなった出来事ですね。

それ以降、西部邁さんは明らかに元気がなくなり、つい最近も「朝生」に出演していましたが、見るからにやせ細り、昔に比べて風貌はガラッと変わっていました。

今回の結果は、日本への失望とご自身の苦悩と色んな理由があったのかもしれませんね。

もう一つ気になるポイントは、西部邁さんが喫煙者だったということです。ココからは個人的な推定になりますが、タバコが原因で病気を患い、もう長くない人生を宣告されて自ら命を経ったとも考えることができます。

なんせ収録中でも普通にタバコ吸っていましたからね!笑

また、西部さんは最期の書と銘打って出した著書「保守の真髄」でも、自殺をほのめかす記述があったようで、簡単に要約すると・・・

病院死を選びたくないと強く感じている

という持論を述べていたようです。

やはり、タバコが引き金となって何らかの病気を患い、病院死を避けるために入水自殺を図ったと考えると辻褄が合いますよね?

まぁ〜とはいっても年齢的に様々な悩みを抱えて当然だと思いますし、いきなりの飛び込み自殺にはちょっと驚きを隠せませんでしたが、これが西部邁さんの一つの美学なのでしょう。

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西部邁の遺書の内容が気になる!

今回の騒動でもう一つ気になるポイントは、西部邁さんが自殺した近くの河原に遺書が残されていたことです。

自殺した原因が原因だけに、遺書の中身が気になりますよね??

世間の皆さんが気になるように、私も遺書の中身は非常に気になりますよ。

しかも、行方不明になっていた西部さんを捜していた長男(48)が多摩川に入る西部さんを発見し、近くの河原に残されていた遺書も見つけました。

まるで、長男に授けるようにこの世を去っていったわけです。

ただ、遺書の内容はたしかに気になりますが、あまりにプライベートな内容ですので、現時点ではメディアなどでも報じられていません。

さすがに遺書の内容を予測することもできませんので・・・ココはひとまず新たな情報を待っておきましょうか。

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西部邁の経歴はコチラ!

西部邁さんの気になる経歴情報をまとめましたので、チェックしていきましょう!

西部邁
  • 氏名:西部 邁(にしべ すすむ)
  • 生年月日:1939年3月15日(78歳没)
  • 出身地:北海道・長万部町
  • 出身大学:東京大学:経済学部→東大(大学院):経済学修士
  • 職業:日本の保守派の評論家、元経済学者

生まれは北海道で、高校は「北海道札幌南高等学校」に進学しました。

驚いたことに、西部邁さんは18歳まで重症の吃音(言葉が円滑に話せない疾病)であり、ほとんど何も喋らずに生きてきたようですね。ただ、それ以降は病気も回復して、問題なく会話ができるようになったみたいです。

東京大学は一度受験に失敗して、浪人後に合格しました。東大卒業後は同大学の修士課程(大学院)を修了して、その後は横浜国立大学経済学部助教授、東京大学教養学部助教授を歴任しました。

東大辞職後は、評論活動を続けるとともに鈴鹿国際大学客員教授、秀明大学教授・学頭を歴任。テレビ朝日系列の討論番組、「朝まで生テレビ」に多数出演し、右派論客として世に知れ渡りました。

最後になりましたが、ご冥福をお祈りします。

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