鍬原拓也投手の出身地などwiki風プロフィール!貧乏でも母と妹の夢実現!

2017年のドラフト会議では、予想していたとおり、巨人軍は早実:清宮選手を一位指名しましたよね?

ただ、惜しくも日本ハムに交渉権を獲得されてしまい、続いて九州学院の村上宗隆(捕手)の交渉権獲得も失敗に終わりました・・・

コレは次も・・・なんてついつい想像しちゃいましたが、3度目の正直ということで、外れ外れから優秀なピッチャーを獲得しました。

お名前は、鍬原拓也(くわはら たくや)選手ですね。

そこで今回は、巨人から外れ外れでドラフト一位指名された鍬原拓也選手についてご紹介していきます!

また、彼の過去について調べていると驚愕の事実が発覚しましたので、そちらの情報も載せちゃいますよ〜

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鍬原拓也のwiki風プロフィール!

まずは、鍬原拓也選手の出身地などの経歴をチェックしていきましょう!

鍬原拓也
  • 氏名:鍬原 拓也(クワハラ タクヤ
  • 生年月日:1996年3月26日
  • 出身地:奈良県御所市(ごせし)
  • 出身大学:中央大学
  • 身長:175cm
  • 体重:70kg
  • 利き腕:右投げ右打ち

鍬原投手については、「そもそも名字の読み方がわからない・・・」という意見は多いですが、クワハラと読みますので覚えておきましょう!

奈良県御所市の出身で、簡単に彼の経歴を説明しますと、

御所市立大正中学校(奈良県御所市)→北陸高校(福井市)→中央大学という感じですね。

中学校時代は、学内の部活動に所属していたわけではなく、「橿原磯城リトルシニア」に所属していました。

つまり、中学時代から硬式野球を行っていたということです。これは個人的な意見ですが、やっぱり将来的にプロ野球選手になる方って早い段階で硬式野球を始めているケースが多いですね〜

北陸高校では、1年夏からベンチ入りして、2年秋から主力選手としてチームを牽引する存在に!

ただし、3年夏も県大会Vには至らず、甲子園への出場は果たせませんでした。県内屈指の145キロをマークする本格派投手として注目されていましたが、プロ志望届を提出せず中大への進学を選択しました。

中大に進学してからは、1年春からリーグ戦に出場し、自己最速もすぐに更新しました(147キロ)。東都指折りの速球派として鳴らし、2年春に149キロ、2年秋に151キロ、3年春に152キロを計測しました。

大学に進学してから7キロも球速がアップしているなんて凄いですよね。

彼は決して恵まれた体格だとは言えませんが、150キロ以上の速球と

  • スライダー
  • カットボール
  • シンカー(2種類)

計4種類の変化球を操り、相手バッターを翻弄していきます。

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鍬原拓也の実家って貧乏だったの??

さて、鍬原選手についてこのような噂が飛び交っているのは、

彼の家族がTBSの特番「ドラフト緊急生特番!お母さんありがとう」に出演したからです。

では、ホントに貧乏だったのか?といえば、紛れもなく極貧生活を送っていたようですね。

鍬原投手は幼い頃に両親が離婚し、母(佐代子さん)、妹(愛奈さん)と3人で生活することになりました。ただ、母子家庭で2人の子供を育て上げるのは予想以上に厳しく、収入も極めて少なかったこともあり、

なんと家賃4000円の市営住宅で生活していたようです。

息子の夢を叶えるために、貧しいながらも母親が必死で働き、一方の鍬原投手は家族の期待に応えるため、日々野球の練習に打ち込みました。

これまで母親が必死にサポートしてきたことで、鍬原投手は自らの夢を達成できたというわけです。

鍬原投手の母親はこれまで想像もつかないような苦労をされてきたはずですが、

きっと息子さんのプロ入りがこれ以上ない恩返しとなり、我が子を支えてきたことに充実感と達成感を感じているのではないでしょうか。

巨人からドラフト一位指名なんてホントに凄いです!!

過酷な過去を乗り越えて、プロの世界に現れた鍬原拓也選手には、これまで以上に努力を積み重ねて、巨人のエースピッチャーに成長していただきたいですね!

鍬原拓也についてまとめ!!

  • 鍬原拓也(くわはら たくや)
  • 出身地:奈良県御所市(ごせし)
  • 出身大学:中央大学
  • 身長:175cm
  • 家族の支えがあり、極貧生活からプロの世界へ。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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